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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)2612号 判決

原告 福島寿一

被告 株式会社兵庫相互銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和三二年二月二六日から支払済みまで年四分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三二年二月二五日被告銀行大阪南支店に次のとおりの約定で金二〇〇万円の定期預金をなし、同日定期預金証書の交付をうけた。

(一)  利率 年四分

(二)  期間 三ケ月(同年五月二五日まで)

二、よつて原告は被告に対し、右定期預金二〇〇万円及びこれに対する預入の翌日である昭和三二年二月二六日から支払済みまで年四分の割合による金員を、昭和三二年五月二五日迄の分については約定利息金として、それ以後の分については遅延損害金の一部として支払を求める。

と述べ被告の主張に対し、

一、後記第二乃至第五項第七項記載の被告が本件定期預金につき質権を有するとの抗弁事実のうち、昭和三〇年一〇月二七日訴外福島忠、同福島茂が被告銀行に各一〇〇万円づつ期間六ケ月の定期預金をなしたこと、及び訴外林鋼業株式会社(以下林鋼業という)の被告に対する債務の物上担保として、被告のために同日これに質権を設定し定期預金証書を被告に交付したこと、昭和三一年四月二七日、これを更に期間六ケ月の定期預金に書換え、これに前同様質権を設定したこと、同年一〇月二七日これを名義人福島茂金額二〇〇万円期間三ケ月の定期預金に書換えたことは認めるがその余の事実は否認する。被告は昭和三二年一月三一日更に右定期預金を期間三ケ月の定期預金に書換えたと主張するが、これは原告が右定期預金を解約し普通預金に変更する旨を通告したのに拘らず、被告において一方的に定期預金証書を作成したものである。又原告は福島茂名義の定期預金及び本件定期預金については、被告のために質権を設定した事実もなければ、定期預金証書を被告に交付した事実もない。

被告は当初の福島忠、同茂の定期預金及び書換後の福島茂の定期預金は実質的には原告の所有であつたものであり本件定期預金と同一のものであると主張するがこれらは、それぞれ全然別個のものである。

更に被告は本件定期預金証書の代理占有を主張するが、原告は同証書を自己のために所持しているのであつて、被告のために所持しているのではない。

二、後記第八項の抗弁事実はこれを否認する。被告は解約の無効を主張するが、原告は昭和三二年二月二五日被告から右解約による利息の支払をうけた。もし解約が無効であれば被告において利息を支払う必要はなく、被告が右利息を支払つたことは被告自身、解約が有効になされたことを認めているに他ならない。

三、被告の抗弁事実第九項はこれを否認する。

四、被告の抗弁事実第一〇項はこれを否認する。仮に被告主張の如き事実があつたとしても、質権設定の如きは、本件定期預金契約の重要な部分ではなく要素の錯誤に該当しない。

五、仮に被告主張の如く、当初の福島忠、同茂名義の定期預金と書換後の福島茂名義の定期預金及び本件定期預金が実質的に同一性を有するとしても、当初の質権設定契約の際、原、被告間において、質権の存続期間を一ケ年とするという特約がなされた。従つて被告の質権は右一ケ年の期間の経過した昭和三一年一〇月二七日を以て消滅した。

六、福島忠、同茂が当初被告のために質権を設定する契約をなした当時、同人らはそれぞれ三歳、一歳であつて、かかる未成年者が法律行為をなすに当つては、親権者がこれを代理してなすべきであり、契約証書の作成に当つても、親権者がその代理人として契約をなした旨が表示されなければならない。のに拘らず、本件では未成年者たる福島忠、同茂名義で契約証書が作成されているから、かかる契約は無効である。

と述べ、立証として甲第一、二号証第三号証の一、二、第四号証を提出し、証人近藤美代次、同林英根、同磯川隆(第二回)の各証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙号各証の成立を認め、乙第二号証の五、六を利益に援用した。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁ならびに抗弁として、

一、原告主張の定期預金契約は、その契約手続中に原告が被告の意に反して定期預金証書を奪取したものであつて、未だ当事者間に右契約の成立についての意思の合致がなく定期預金として成立していないものであり仮に成立したとするも被告は右定期預金に質権を有する。即ち

二、被告は昭和三〇年一〇月二七日林鋼業に対し金三八三万七一〇〇円を貸付けたが、その際原告は福島忠、同茂(いずれも原告の子)の名義でそれぞれ金額一〇〇万円、期間六ケ月の定期預金をなし、林鋼業の前記債務の物上担保として被告のために、右預金に質権を設定する契約をなし、原告から右定期預金証書の交付をうけた。

三、そして昭和三一年四月二七日右二口の定期預金はそれぞれ更に期間六ケ月の定期預金に書換えられ、前同様被告の為に質権が設定された。

四、そして同年一〇月二七日右定期預金の期間満了に際し、原告は右二口の定期預金を一口とし、その名義を福島茂、期間を三ケ月とするよう申入れたので、被告はこれを了承し、同日名義人福島茂、金額二〇〇万円、期間三ケ月の定期預金に書換えられ、前同様質権の設定がなされた。更に昭和三二年一月三一日右定期預金は期間三ケ月の定期預金に書換えられ、同様質権の設定がなされた。

五、ところが同年二月二〇日すぎごろ、原告は右福島茂名義の定期預金を原告名義に書換えるよう要求したので、同月二五日その書換手続を了し、前同様質権設定の手続をなすため、被告銀行に原告の来店を求め、担保差入書の署名押印を求めたところ、原告はこれを了承し、本件定期預金証書及び担保差入書書類の呈示を求めたのでこれに応じたところ、原告は本件定期預金証書のみを懐中し、にわかに態度を豹変して担保差入書の署名押印を拒み、右証書を返還することなく持ち帰つた。

六、右のように本件定期預金証書はその書換手続中に原告が奪取したものであつて、契約成立についての当事者間の意思の合致は存せず、本件定期預金契約は未だ成立していないから原告の請求に応ずることはできない。

七、仮に本件定期預金契約が成立しているとしても、本件定期預金は林鋼業の被告に対する債務の物上担保として、被告の為に質権が設定されているから、林鋼業の債務が完済されない限り、本件定期預金を支払うことは出来ない。

即ち前述の如く、本件定期預金は当初の福島忠、同茂名義の定期預金が更新され又名義が当初忠及び茂名義次いで茂名義最後に原告名義と変更されてきたものであるが、当初の福島忠、同茂名義の定期預金を始めそれぞれの定期預金について林鋼業の被告に対する債務の物上担保として質権が設定されていたものである。そして福島忠、同茂はその当時それぞれ三歳及び一歳の原告の子供であつて、原告が便宜上定期預金にその名義を用いたにすぎず、右定期預金の実質的所有者は当初から原告であつて、当初の福島忠、同茂名義の定期預金、福島茂名義の定期預金及び原告名義の定期預金は実質的には同一のものであるから、被告は本件定期預金上に質権を有する。なお被告は本件定期預金証書を原告に奪取されたため、その現実の占有を有しないが、原告を占有代理人とする同証書の代理占有を有する。

八、本件定期預金契約は、前記、名義人福島茂、金額二〇〇万円期間三ケ月なる定期預金を解約しその振替としてなされたものであるが、この更新契約は新契約(質権設定契約を含む)の成立を停止条件としてなされたものであるところ、新契約は未成立であるからその効力を発生していない。

九、本件定期預金契約は本件定期預金に対する質権の設定を停止条件としてなされたものであるが、質権設定がなされていないから未だ効力を発生していない。

一〇、本件定期預金契約は被告の意思表示に要素の錯誤があるから無効である。即ち被告は本件定期預金には、林鋼業の被告に対する債務の物上担保として、被告のために質権が設定されると信じて本件定期預金契約をなしたところ、原告はこれに質権の設定をしなかつたから、被告の本件定期預金契約締結の意思表示にはその重要な部分に錯誤があり右契約は無効である。

と述べ、原告の再抗弁に対し、

一、原告の再抗弁事実第五項はこれを否認する。

二、原告の再抗弁事実第六項のうち福島忠、同茂が当時それぞれ三歳一歳の未成年者であつたこと、及び契約証書の記載が原告主張の如くになされている事実は認める。しかし右契約の当事者は実質的には原告であり、原告が便宜上福島忠、同茂の名義を使用したに過ぎない。

と述べ、立証として、乙第一号証、第二号証の一ないし六、第三、四号証を提出し、証人磯川隆(第一回)、同長田延義の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

先ず本件定期預金契約の成否について争いがあるので、この点を判断する。

成立に争いのない甲第一号証、証人磯川隆の証言(第一、二回)原告本人尋問の結果(第一、二回)及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、昭和三二年二月二四日原告が被告に対し、名義人福島茂、金額二〇〇万円期間三ケ月の定期預金を原告名義期間三ケ月の定期預金に書換えるよう要求したところ、被告はこれを了承し、名義人原告、金額二〇〇万円、期間三ケ月の定期預金証書を作成し、林鋼業の被告に対する債務の物上担保としてこれに質権を設定する手続をなすために同月二五日被告銀行に原告の来店を求めたこと。同日来店した原告は被告銀行係員に対し本件定期預金証書を「一寸見せてくれ」と申入れ係員がこれに応じて呈示したところ、原告は預金証書を懐中しいわゆる質権の設定手続をなすことを拒否して持ち帰つたことを各認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうであるとすれば本件定期預金契約自体は、原告が従前の定期預金を本件定期預金に書換えることを要求し、被告がこれを了承したことをもつて右契約の成立に必要な両当事者の意思の合致は完全に成立し、有効に成立したものといわなければならない。

尤も本件定期預金証書については、前示認定の如く原告が被告の意思に反して持ち帰つたものであるが、定期預金証書は単に定期預金契約の成立及び定期預金債権の存在を証明する書面にすぎないものであつて、その作成及び交付が定期預金契約自体の要件をなすものではないから、その交付に瑕疵が存したということは本来の契約自体の効力に影響を及ぼすものではない。次に被告は本件定期預金上に質権を有すると主張するのでこの点について判断する。

昭和三〇年一〇月二七日被告が林鋼業に金三八三万七一〇〇円を貸付けるに際し、その債務の物上担保として福島忠、同茂名義の金額一〇〇万円、期間六ケ月の各定期預金に被告のために質権の設定がなされ、被告が右証書の交付をうけたこと、昭和三一年四月二七日右定期預金が更に期間六ケ月の定期預金に書換えられ、同様質権の設定がなされたこと、及び昭和三一年一〇月二七日右定期預金が名義人福島茂、金額二〇〇万円期間三ケ月の定期預金に書換えられたことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない乙第二号証の五、証人磯川隆の証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すれば、昭和三一年一〇月二七日従前の定期預金を名義人福島茂金額二〇〇万円期間三ケ月の定期預金に書換えるに際し、これに質権を設定するため原告に担保差入書の署名押印を求めたが原告はこれを拒絶したこと、昭和三一年一月三一日、原告が右定期預金の解約及び普通預金への変更を申入れたのにも拘らず被告が一方的に更に期間三ケ月の定期預金に書換えたこと、及びこの定期預金についてはいわゆる質権設定の手続がなされていないことを各認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠ない。

そうすると、当初の福島忠、同茂名義の定期預金に設定された質権の効力が本件定期預金にまで及んでいるかどうかがこゝで問題となるのでこの点について判断する。

定期預金が質権の目的となる場合にも、特別の約定が存しない限り、当該質権はその定期預金の存続期間を越えて被担保債権が完済されるまでその効力を有し、質権設定者はその払戻を受けるなど質権の効力を破懐する行為をなすことはできないものと解すべきものである。

そして定期預金契約が更新され或は新な預金証書に書換えられた場合にも従前の定期預金と新な定期預金とが実質的に同一性を有する限り、新な定期預金について更に質権設定の手続がなされなくても質権の効力は当然これに及ぶというべきである。勿論かかる場合に改めていわゆる質権設定の手続がなされることが通常少くないがこれは新な定期預金に質権の効力が及ぶことを確認する意味を有するにすぎないものとみるべきである。そうであるとすれば、本件の場合、当初の福島忠、同茂名義の定期預金と次に書換えられた福島茂名義の定期預金(昭和三二年一月三一日書換えられたものについては、前記認定の如く被告が原告の意思に反して一方的に書換えたものであるから無効であり、本件定期預金はその前の福島茂名義金額二〇〇万円期間三ケ月の定期預金から書換えられたものと認められる)及び本件定期預金が実質的に同一のものと認められるかどうかが問題となるのでこの点について検討する。そしてこれらの定期預金が実質的に同一性を有するかどうかは、更改の規定の趣旨に従い、定期預金債務の重要な部分、即ち債権者、債務者、債務の目的に実質的な変更が加えられているか、どうかによつて判断すべきものと解するのが相当である。先ず当初の福島忠、同茂名義の定期預金及び本件定期預金の債務者がいずれも被告であることは当事者間に争いがない。そこでこれらの定期預金の債務者の同一性について検討する。福島忠、同茂はいずれも原告の子供であつて当初の契約当時三才、一才であつたことは当事者間に争いがなく、証人長田延義、同磯川隆(第一、二回)の各証言及び原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告は被告銀行大阪南支店に度々出入りしていたため、当時の同支店長や同支店係員も原告の顔を良く知つていたこと、原告は本件以外にも近藤為夫、郷地忠夫、近藤守という名義でも被告銀行と取引関係があつたこと、この預金契約及び質権設定契約に立会つたのは原告であつたこと、原告はその頃被告銀行に近藤と称して出入しており、この契約に際して福島というのは原告の別名であり、忠、茂というのはその子供の名前であるといつていたことを認めることが出来、右認定に反する原告本人尋問の結果(第一、二回)の一部を当裁判所は措信しない。

そして右事実及び前示争いのない事実、証人長田延義の証言及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、福島忠、同茂の名義は原告の被告銀行の他の取引における郷地忠夫などの名義と同様、原告が便宜上その名義を使用したものに過ぎず、当初の定期預金契約、質権設定契約及び昭和三一年一〇月二七日の福島茂名義の定期預金契約の当事者はいずれも原告であり、これらの定期預金は、実質的には原告を債権者とするものであつたといわなければならない。

更に債務の目的の同一性の点については、当初の福島忠、同茂名義各一〇〇万円の定期預金二口が、福島茂名義金二〇〇万円の定期預金に書換えられたことが問題となるであろう。

しかし成立に争いのない乙第二号証の一、二及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、当初の定期預金は便宜上原告の二人の子供の名義を使用したため、形式的に二口とされたものに過ぎないこと、又その二口の定期預金の発生原因、成立日時、内容等が全く同一であることを認めることができる。そしてこの事実と前示認定にかかるこれらの定期預金の実質的な債権者は原告であり、福島忠、同茂の名義は原告が便宜上原告を表示するために使用したものに過ぎないことを考え合わせるならば、これら二口の定期預金は実質的に殆んど一口の定期預金に近い性格を有していたことが認められる。

そうであるとすれば、これら二口の定期預金が一口の定期預金に書換えられた事実によつて、定期預金債権の目的の実質的同一性が失われたと解することはできない。

更に当初の福島忠、同茂名義の定期預金の期間が六ケ月であつたこと、書換えられた福島茂名義の定期預金の期間が三ケ月であつたことは当事者間に争いがなく、本件定期預金の期間が三ケ月であることは前示認定の通りであるが、前述の如く当初の福島忠、同茂名義の定期預金とこれを書換えた福島茂名義の定期預金及び本件定期預金の間に、その重要な部分たる債権者、債務者及び債務の目的の実質的同一性が認められる以上、期間の点における些少の差異によつて定期預金の実質的同一性が害されるのではないと解すべきである。

そうであるとすれば、当初の福島忠、同茂名義の定期預金、これを書換えた福島茂名義の定期預金及本件定期預金の間に実質的な同一性を認めることができるから、当初の質権の効力は本件定期預金に及んでいるといわなければならない。

次に被告が本件定期預金証書の現実の占有を有していないことは当事者間に争いがないが、債権質において一旦質権が有効に設定され、質権者が債権証書の交付を受けた後その占有を喪失した場合においても、質権者はその質権を第三者に対抗することを得ざるに到るけれども、当事者間においてはこれによつて質権の消滅を来すものではないと解すべきものである。

よつて被告の抗弁は理由がある。

次に原告は当初の質権設定契約の際、定期預金に対する質権の存続期間を一年間とする特約が存したと主張するが、原告主張に沿う原告本人尋問の結果は成立に争いのない乙第三号証、証人長田延義、同磯川隆(第一、二回)の各証言に照らしたやすくこれを措信することは出来ず、他に右事実を認定するに足る証拠はない。

尤も証人長田延義の証言によれば、当時被告銀行大阪南支店長であつた長田が被告に対し、林鋼業が一年間債務の分割弁済を支障なくなした場合には質権を解除してやろうということを言つた事実は認めることができるが、これを以て林鋼業の債務の弁済の如何を問わず質権の存続期間を一年間に限定したものと認めることはできない。

次に原告は本件質権設定契約は、その契約証書が未成年者たる福島忠、同茂の名義で作成されその法定代理人の名義で作成されていないから本契約は無効であると主張する。

しかし契約証書の記載の如何によつて、契約自体の効力が左右されるということはありえず、又本件契約の実質的当事者は原告であり原告が便宜上福島忠、同茂の名義を使用したにすぎないことは前示認定の通りであるから原告の主張は採用できない。以上原告の請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宮崎福二)

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